| 『極刑』
藤原 格
「反省なんかしていない。死刑にしてくれ」
日本中が注目する裁判で遺族に対して謝罪の言葉は?と問われたときに俺が言った言葉だ。俺はふてぶてしく堂々といってやった。
法廷の中はざわついた。
俺は池袋の繁華街で刃物を振り回し、無差別に人を切りつけた。何人か死んだ。
昼の繁華街がパニックになったのが快感だった。
「主文、被告は・・・・・反省の気持ちがまったくなく極刑を持って償うほかない。
被告を死刑に処する」
裁判長が何を読み上げていたかなど聞いてやしない。最後の言葉だけが心地よく
耳に残った。
やっと死ねる。子供のころから楽しいことなどなにもなかった。この不況で仕事もなく
ムシャクシャしていた。こんな世間とはさっさとオサラバだ。
法廷を出た俺は、自分のいるべき場所にもどされた。このコンクリートの冷たい壁を
ながめることもなくなる。寒さも暑さも悲しみも怒りも、空腹すら感じない世界に
もうすぐいけるのだ。そう思うと少し感慨深かった。
刑務官がやってきた。
「最後に何か食べたいものはあるか?」
刑務官がなぜかいつもより優しい表情をしている。極刑が決まった人間に対してはそういうものなのだろうか。
「最後か・・美味いカレーライスとラーメンが食いてえなあ」
「そうか、わかった。日本でいちばん美味いカレーライスとラーメンを用意してやる。待ってろ」
それからしばらくすると、別の刑務官がやってきた。
「おい、でろ」
「あれ?もう処刑か? まだカレーもラーメンも食ってねえけど」
刑務官は俺の質問には答えず無言で俺を連れ出した。
連れて行かれたのは別の棟にある暗い独房だった。窓が極端に小さく光りがすこししか入らない。
くみ取り式のトイレはあるが手を洗う蛇口はなかった。
「なんだか暗いところだなあ」
刑務官は俺の質問には答えない。人気がないことが気になった。
周りの独房にも人が気配はなく、なにより建物全体に生気が感じられない。
「息苦しいところだな」
刑務官がこちらを振り向いて不思議そうな顔をした。
「死刑をなんとも思わないお前でも、息苦しいとか暗いとか感じるのか。さあ、入れ」
ここでその時をまて、そう言って刑務官は去っていった。
なにもすることがなくぼんやりと、その時を待っていた。
少し空腹を感じた。こんなときでも腹は減るのかと少し感心した。
夜になった。小さな窓から月明かりが入ってくる。結構な時間なのだと思うが、誰も来る気配がない。とっくに夕食の時間は過ぎているはずだ。
日本一のカレー、ラーメンはどうなったのだ?腹が減ってイライラしてきた。
「おーい、忘れてるぞー。飯がこねえぞー!」
自分の声だけが刑務所内にこだまする。結局その日は夕食抜きだった。
腹を減らしたまま朝を迎えた。
「ちくしょう、飯が来ないなんてどういうことだ。文句を言ってやる」
小さな窓からもれる朝日でおおよその時間はわかる。
朝飯を待った。しかし誰も来ない。食べ物の匂いすら漂ってこない。
「おい、なにやってんだよ!飯が来ないぞ、飯が。だれかいねえのか!」
あたりは静まり返ったままだった。
それから3日間 誰も来なかった。俺は大きな声を出す元気もなくしていた。
「ちくしょう、腹が減った……、のどが渇いた……どういうことなんだ」
うずくまっていると足音が聞こえてきた。
「おい、どうした。具合でも悪いのか?」
ハッとして起き上がる。
「聞いてくれよ。3日間、何も食ってねえんだ。最後に食べたいものまで聞かれはしたものの、それから飯粒ひとつ食ってねえ。それに……、いつ処刑されんだよ」
刑務官はかわいそうな表情を浮かべて、そうかそうか、ちゃんと伝えておく、といって去っていった。
それからまた3日間、放置された。俺は完全に干からびていた。空腹はまだガマンできるが喉の渇きはつらい。頭がおかしくなりそうだ。蛇口もないので水も飲めない。
なにもかもがどうでもよくなってきた。ぐったりしていると足音が聞こえた。
「おい、どうした」
「ど、どうしたもこうしたも……、あんまりじゃねえか。ひと思いにやってくれよ……」
「よしよし、そろそろだな。それではカレーとラーメンの用意をしてきてやる。最高に美味いぞ」
助かった、と声に出たのかどうか自分でもわからない。
次に足音が聞こえたのは、翌日だった。
強烈な香りが鼻と胃を刺激した。飛び起きて鉄格子にしがみついた。
刑務官が二人、それに料理人らしき人物も二人ついてきた。初老に近い刑務官が俺に言った。
「このお二人はな、日本で最高のカレーライスを作ると評判のシェフ、そして日本一の行列が出来るラーメン店のオーナーだ。3日前にも試しに食ったが、舌がとろけるほど美味かったぞ」
男は目じりのしわを深くしながら微笑んだ。
3日前?俺が空腹に頭がおかしくなりそうなときにもう食っていやがったのか。
いや、そんなことはどうでもいい、とにかく食いたいのだ。
「さあ、それでは早速腕を振るってもらおう!」初老の男がテンション高くそういうと
若い方の刑務官はせっせと什器の準備を始めた。料理人たちはその場で寡黙に調理を開始する。鉄格子の向こう側で広がる光景に心躍らせながら、俺はその時を待った。
カレーの香辛料が胃袋を強烈に刺激する。そして魚介系とんこつスープの香りに頭がくらくらした。
「さあ、できたぞ!」
初老の刑務官は左手にカレーライス、右手にラーメンを持ち、楽しそうに、そして慎重に俺の前に持ってきた。
「たべたいか?」優しい声で聞かれた。
俺は何度もうなづいた。気がつくと涙がでていた。
初老の男はそうか、そうか、と満足な表情を浮かべた。
そして食べ始めた。初老の男が、続いて若い刑務官も食べ始めた。ついでに料理人たちも完成品を交換しあい、うまい、うまい、といいながら食べ始めた。
いやあ、さすがですね、などと互いを褒めあっている。
「おい、俺の分はどうした。早くくれよ」
俺は本当におかしくなりそうだった。目から流れているのはヨダレではないのか。
ひととおり食べた後、初老の男は口の周りに黄色をつけたまま、近づいてきた。
そして、ネギのついた歯を見せながら俺に言った。
「これだけ腹が減れば香りも最高だろうなあ。日本一の食事を用意してやるといっただろう?
用意してやるといったが、食わせるなんて一言もいっとらんぞ」
男の勝ち誇ったような表情にむかついた。
「なんだと。どういうことだ。何日、飯抜きだと思ってやがる。おれはもう腹が減って死にそうなんだ。頼む、食わせてくれ」
「もともと死刑なんだから別にいいじゃん」
若い刑務官が軽口を叩いた。
「やかましい、ガキは黙ってろ!頼む、食わせてくれ」
目から流れていたのはやっぱり涙だと思った。
初老の男は、まあまあ、といいながら近づいてきた。
「今なあ、シャバも色々と法律が変わるんだよ。社会が変わったせいか、お前みたいに自分が死にたいがために殺人を犯すやつがいっぱいでてきて後をたたんのだ。死にたいやつが勝手にどこかに行って死ぬならまだしも、人をいっぱい殺しておいて希望通りに死刑にしてもらおうなんて虫が良すぎると思わんか?
『極刑』というのは少し前までは、絞首とか電気椅子などの事だったが、あっけなさすぎてな。最近は本人に少しでも、生きたいとか、苦しいとか、反省している、などを感じてもらったうえで死んでもらわないことには税金の無駄使いとされてしまうんだ。この不況で国の予算がないことぐらいお前にもわかるだろう。死刑だって金がかかるんだ。仕分け作業とやらから始まって、国全体が少しでも無駄を減らせの大合唱で色々お達しが出てな。それでも、死刑が減らせるわけでもないから、せめて苦しんでいただきましょう、ということだ。お前みたいな凶悪事件が多いから遺族感情も無視できんらしい。実は……、お前らの食費もずいぶんと減らすことができてな。まあ、最後はお国の役にたったということでガマンしろ」
「意味がさっぱりわからん!おれはこれからどうなるんだ!」
「なにもかわらんさ。このままだよ。このままずーっと、ここにいる。空腹で餓死の刑だ。
さっきも言ったろ。予算がないんだ。電気椅子って電気代が馬鹿にならんのだ。
絞首だって後の掃除が大変で人件費かかるんだ。さあ、食事も終わったし、そろそろ行くか」
男は大きなゲップをしてから立ち上がり去っていった。
「おい、待ってくれ。助けてくれー!飯食わせてくれー!」
(了)
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