月刊 Writers!  編集長:高橋フミアキ  
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ポジティブエッセイ/「有頂天オヤジ! 私はなぜ書くのか?」

『有頂天オヤジ! 私は,なぜ書くのか』

 

SEISAN

 

T 有頂天オヤジはなぜ書くのか

有頂天オヤジの反駁された恩返し

 私は,なぜエッセイを書きはじめたのか?
  簡単に話しすると,執筆における私の本意は,世の中に自分の存在が認知されている形を残したい。
  と,いう気持ちが芽生えたからです。 
  商業的には,沢山の読者を求めるのは必然です。が,少数の読者に共感が得られれば本望で,ゆずられない想いがあります。
  とは言うものの,書籍提案の企画は自分の本意を通せば独りよがり自己満足に陥り,お蔵入りになるのは必至で自分の使命に達せなくなり,自分との葛藤が余儀なくされます。
  物書きで生計を立てるということは,多くの読者に共感して欲しいと,叫ばなければならないことを知っています。だからこそ,心苦しく私にとって困った難事でもあります。
  生きていくということは,本当にややこしくて,矛盾に満ち,厄介なことです。
  それでも,よくよく考えてみると,出版社と契約して多くの読者に愛されるということは世の中でお世話になった方々にたくさん沢山恩返しができるということ,これはこれでたいへんうれしいことです。
「やっぱー,読者に心より感謝だよ!」
  と,思考することが物事の本質ではあるまいか……。 
  なんだかんだ考えているときに,女性講師の仲間が,私に一通のメールを入電しました。
「ねえー,SEISAN(せいさん)そろそろ本を出さない……。プロ養成の文章スクールを紹介するワョ!」
  と,思いもよらない呼びかけでした。
  私の気持ちは,渡りに船でした。文章スクールで紹介された作家高橋フミアキ先生との出会いが,物書きの意をさらに昂揚させたのです。
  高橋先生が講義のなかでこんなことを話してくれました。
「あるとき,新宿の居酒屋で師匠と雑談していると,読者に伝えたいメッセージというのは,しょせんお説教だったり,泣き言だったり,恨みつらみだったりするんだ。それを書いても絶対伝わらない。結局,読書に伝わるのは書き手の『心』だけだ」
  さらに話はつづきました。
「そうなんです。言葉は何も伝えてくれません。しかし,言葉しか伝える手段はないのです。結局は書き手の心しか伝わらないのだとしたら,その心が文章を書くうでは最も重要だということになります」
  つまり,多くの読者に愛されるということは,物書きがどんな生きざまだったか心を表すうでが最も重要なことではないでしょうか。
  生きざまというのは,まずやってみて気づいて考えてみて,学んだことを整理して発展的に,またやってうまくいったことの繰り返しが信念として生じてくるのと考えます。
  生きざまの循環過程(スパイラル)において,確たる信念が形成されるのはだれしもがあり得ることで,人間成長の一歩一歩の積み重ねと言うべきことでしょう。
  要約すれば,成長の循環過程で生じた信念を文字や文章に表すことができれば,物書きの至福を招くことができるということです。
  私は,世の中に何かインパクトを与え,社会変革やらブームを起こそうなどこれっぽっちも思っていないのです。自分の生きざまとして,こんなことをやって他人様に迷惑をかけ怒られ悔しがり決して人には見せない涙を陰で流し立ちあがる,またやった,前よりはましになったなと言われた言葉を喜怒哀楽の文字と文章で表し,書籍として読者に届けつづけたいのです。
  次が,自分で生じた信念をどのような姿勢で書けばよいのかということです。高橋先生はさらに,
「それは,『抜苦与楽』という言葉につきます」
  と,話されました。私は,感動しました。鳥肌が立ちました。心の中で,三回ほど抜苦与楽と叫びました。
  抜苦与楽は確か仏教の古い言葉と記憶しています。私なりの解釈で意味を添えると,「抜苦は,読者の痛みをやわらげ悲しみを穏やかにするため共に苦しむこと。与楽は,読者に夢・希望を思い出させ喜びと落ち着き取り戻すことを共に味わう」
  と,いうことです。
  私の生きざまで,読者と共に抜苦与楽の共感が受け入れられるならば,有頂天オヤジの大きな使命に達し,社会に対する恩返しになり至福の境地と知るのです。読者に心から感謝することです。
  高橋フミアキ先生を師匠として,物書き有頂天オヤジの緞帳が挙げられました。

どうして今まで書かなかったのか

 過去を振り返ってみると,どうも私の歴史は文学とか芸術など無縁法界の生きざまであったように思えます。
  少なくとも,社会人となって40年近く経とうとしていますが,まさか物書きで生計を立てようなどと思いもよらなかった。学校卒業して現場監督20年,経営コンサルタント19年を歩んできた人生です。
  確かに,機械・プラント系やビジネス系の専門書籍は,都度多く買い揃えていました。しかし,まずもって,手元にある書籍を全ページ見開いたことがない。せいぜい目次を眺め,どんな項目が書いてあるのか記憶することに瞬きの時間を割いていた。書架の整理は,仕事系のジャンル別に分かれた棚へ書籍を差し立て飾ることです。書籍を並べ飾る作業に喜びを感じ,一人ニコッと微笑むのです。それは書籍を買い揃えるのみが趣味といえるようです。(その作業,どこか……有頂天オヤジ変だョ?)
  気がつけば書架のどこを探してみても小説や随筆,詩集などジャンルの棚は見当たらないのです。
  だとすると,なぜ書籍を買い揃える趣味化の習慣が生じたのでしょうか?
  それは,私の生活観の根底に
「あれば安心」
  という心のよりどころに起因します。その一つが,仕事をする上で困った時に手を差し伸べればいつでも問題解決ができる距離に書籍が飾られていることで,快適な仕事環境が保たれるという思い込みです。いわば「書斎のリスクマネジメント」です。
  二つ目が,社会人となった際に,知的レベルの高い同期と抗うための武器製造のマテリアルでした。三つ目が,地方出身ということを気にするあまりの憂鬱な態度でした。
  三つの起因いずれもが,書籍というアドバイザーをむさぼり欲しがる心の表れです。書籍に囲まれ飾ることで,知的満足感に浸り同期と同等の知性を有している様を見せることができると取り違い,アカヌケしていると思われたいポーズがあったのです。
つまり,私には,どうも「知的見栄張るポーズ」の性癖が心に住んでいるようだ……!? このことについての説明はこの後(U)にして,話を先に進めます。
 
  次に,在籍した8年間の経営コンサルタント会社は(その後は,自営事務所開設),「行動科学」を組織基軸とするノウハウの流出を防止するため,社員が個人的に書籍を出版することを許さなかった。また,一人の社員コンサルタント(講師)が執筆出版することは個人的利益を伴うアピール活動で,組織の健康を損なうことにつながるとされていました。ところが,他社のコンサルタントがマネジメント本を出版(共著・自費出版も含み)し,個人のアピール活動が許されていることを目の当たりにして,不思議でしょうがありませんでした。「何で,あなた方は本が書けるの?」
と,いう疑念にかられていました。
  それは,ビジネス講師の姿は,お客様である企業へ出かけ,社員の人材育成を目的として,企業社員の語り部(黒子)となることを私はミッション(使命)としていたからです。その考えは,時の変化と共にいくぶんか修正されていますが,現在も講師としての基軸は何ら変わることはないのです。
  この間,文学と接するどころか出版のために書く(物書き)という志は,全くと言っていいほど芽生えてきませんでした。あるのは仕事に必要と思われる書籍を買い揃えることだけだったのです。
  今,思えば,もったいない話です。その後独立した折り,「しまった」と気づきました。在籍していた組織内部はビジネス執筆題材の宝庫でした。少しでも,物書きの欲求が芽生えていれば……。「口惜しい」
と,振り返っています。
  今,三億円宝くじの当たりくじを紛失した気分だ!!
(まだ当選した経験はないが,多分そうであろう?)
  当時の有頂天オヤジは,組織に忠誠を尽くす一本気さが垣間見られます。

 

 

U 物書きの三つの使命

有頂天オヤジの現場論を伝承するために書く

 先ほど(T),私は地方出身でどうも「知的見栄張るポーズ」の性癖が心に住んでいるようだと話しました。
  ここで,私の知的見栄張るポーズについてインフォームすることは,読者にとって,あながち無意味ではないと思います。もし読者の中に,多少なりとも共通する性癖の人がいれば,私は安堵することができるのです。
  ある朝,目を覚ますと「アアッ!」とか,あるいは「いけネッ!」
と,昨日のことを思い返して冷めた声を出すことがありませんか? その瞬間に,冷汗が流れたり周りに誰もいないのに赤面したり頭をかきながら苦笑いしたり,
「バカだなぁ……」
  と,自分を責める羞恥の無造作な行為で,
「やってしまったョあぁー!」
  と,仲間や知人たちと談笑の折,得意満面な語り口で自慢げに話した顛末に気づくのです。
  これらの行為は,青春時代に多く見られるポーズです。しばしば稚い話しをしていることにも気づきます。が,もう,話の勢いで先を進めなければいけないという衝動にかられ,ついつい知ったかぶりをする,はったりをきかす,大言壮語とつづき誇大妄想となります。ここまで来たら話が,
「もう止まらない! 止まらない!」 
  と,自分の個性を主張しょうとする醜い心の表れが負の連鎖にされた状態になっています。ゆき過ぎた行為です。すでに取り戻しがききません。
  言い換えれば,気位が高く器の大きい人間や見識張る行為なのです。これが,知的見栄張るポーズであると言えます。
  私の生い立ちを辿ると,父親が大手の造船所に勤め,比較的平和で幸福な子供時代を過ごしました。長崎の旧制高等学校を卒業していた父親の口癖は,
「どうも,東京から来た人間(三年前に亡くなった父親に確認は取れないが,想像するに東大卒のキャリア)は,自分の(父親の)仕事をしていないのに,問題が発生しなくても,常日頃会社がつぶれる,つぶれると聞かされる……」
  と,言いながらぼやいていました。経営コンサルタントの見地から推察すると,東京から来た人間は今でいえば経営の危機感をしっかり持った,マネジメント能力を有している優等生ということになります。
  そういいながらも,親子ともども同様な経験をすることになるとは! 
  九州から都会に出てきた私は,プラントメーカーに就職することになりました。そこに集まった同期は,これが,また,なんと知名度の高い伝統ある大学出身者ぞろいだったのです。
  職場に根付いていた体質は,言うなれば入社したその時からいやその以前から,組織は二つの党派にはっきりと分かれていました。一方は「出世組(ホワイトカラー)」で,一方は「現場組(ブルーカラー)」でした。学業の成績から分けると「優等生派」と「劣等生派」ということです。生活観から観察すると前者は「山の手派」といい,後者は「下町派」とイメージができるでしょう。
  いってみれば,出世組・優等生派の党派に属する社員たちは,知性的で気位が高く趣味嗜好が上品で一般に気高く身を処する気風を持っています,がなんとなく冷たさを感じさせます。
  これに対して,現場組・劣等生派の党派に属する社員たちは,下品に見えドン臭いがザックバランで素直で,生きざまは義理と人情に厚い側面を持ち味としています。もちろん,私は,後者の現場組・劣等生派に必然的とも言うべき属したことになります。だけど,いまだかつて自身を劣等生と思ったことは一度としてありません。だが,しかし,その逆作用が今以て知的見栄を張るポーズの性癖(コンプレックス)が私の心の片隅に生き続けているみたいです。
  しかし,現場組でありながら,劣等生でないという想いがあります。一方の想いは,気位が高く素直であるという矛盾に満ちた感覚や皮膚の内側で温かみがあり,自分は知性的な人間であると信じたいのです。これらの相反する想いが強く凝固されることで性癖となり言動の中に知的見栄を張るポーズの姿として表れているのではないだろうか。「あぁー! 人の気持ちは,厄介なものである」ことを知ります。
  気がつけば私が現場組とはっきり開示できるようになったのは,経営コンサルタントになって知名度の高い学校出身者を尻目に学歴無用論者を主張したのです。なぜかと言うと,現場監督時代の生きざまが中核的能力となったからです。講師としての語り部は,現場体験で身についた三現主義(現場・現物・現実)に基づく実用性に富んだマネジメント論の講座を特徴する姿が必然的に形作られていったのです。
  次世代のビジネスパーソン(読者)に,私の心の片隅にあるコンプレックスの影響を及ぼしている現場組のマネジメント論が受け入れられるならば,「ビジネスのあるべき姿」を文字や文章に表すことで,読者に三現主義の技術伝承を橋渡ししたいと考えています。たとえ,それが少数の読者であっても,共感が得られるならば,私は至福を招くことができるでしょう。読者に心から感謝できるのです。
  有頂天オヤジの社会人の出発は小さな会社であったけれど,20年目の現場監督生活を引退する頃は,同期の仲間を尻目にエグゼクティブとなっていました。次期幹部候補だと自他ともに認める姿が思い出されます。当時の情景を心密かに記憶を甦らせ,仕事は辛かったが職人やお客様やのお酒を飲み交わした仕事仲間と,楽しそうにしている様子を「活字媒体に置き換えられればいいなぁー!」
  と,想い描くことを使命とします。

社会や組織への仕返しを活字という武器で恩返しする

 私が中学生だったか記憶は定かではありませんが,「萩原朔太郎の散文詩」が脳裏によみがえったのでアマゾンから本を取り寄せました。本を直観人間的にパラパラと読んでいくと,「言わなければならない事」の一説を見つけ出したのでご紹介します。
「自分の言う言葉の意味が,他人に解らないということはどんなに悲しいことであるか。自分の思想が他人に理解されないということは死刑以上の苦しみではないか」また,なぜ文学をするのかという問いに対して,朔太郎は,「復讐!」
と,答えています。
  彼自身が,自分のことを「私の醜い病癖や,不愉快な神経質的な悩鬱や,厭人思想や……」等などと述べていることからして,時代背景も含め,私と育った環境や文学的感覚と感受性は,月と鼈(すっぽん)ほどの大きな違いがあります。私が正当に解釈説明するのに知的見栄を張るたぐいでないことは明白です。説明を,いざやろうとすると苦しみもがくことが目に見えています。
  しかし,今の風潮に私の受け止め方を話すことが読者から許されるならば,ビジネスの社会に置き換えて話ができます。私の話はこうです。
  お客様からプロゼェクト仕様(スペック)が説明され,見積もりの依頼を受ける。誠実な気持ちで自分の技術力をペーパーに表す。久々の大型プロゼェクトだ! 喜びをかみしめ,お客様との交渉となる。
  すると,スペックの話はそこそこに見積価格交渉だけに焦点が当てられ,いきなり「予算は半分だ!」などと場面は値引きの話に置き換えられる。依頼を受けたスペック相当だと説明しても,お客は聞く耳を持たないそ振りが感じられます。なおかつ,仕様範囲は変更することはできないと言い張る。気がつけば,お客様から「なんだ,これは? もっと誠実に提案して欲しい」
  と,意味もわからず叱られるのです。こちらが,「なんだ,これは」
  と,言いたい。だけど,それは,口が裂けても言えません。
  お客様が言っている誠実とは何か。慇懃無礼な態度に感じます。
「すみません。もう一度見積もりのやり直しを……?」
  と,提案者がお願いをする事態に。ごくごく自然に,首を垂れる自分の姿が痛ましい。あぁ,ビジネスとはこんなものか!? どうして,こんな調子になるのか。どうして,この場合「すみません」
  と,提案者が謝らなければならないのか。こんな経験をすると本当に社会で生きていくのがいやになり,仕事をしているのが悲しくなります。かといって,お客様を怒るのはご法度で,腹立ちさを抑える。豪雨状態のストレスがたまりたまります。
  職場の上司・先輩から「お客様は絶対」である
  と,教えられました。あとは,じっと我慢,我慢です。耐えることのみで,救われる!? この一幕は,日本のビジネス社会の根底に今も流れる風潮ですね!!
  本音は,お客様に,いつか「そうですネー,今回,ご提案させていただきましたが,どうやら,お宅とは,ご縁がないみたいで,これ以上話しても時間の無駄見たいですので,どうぞ,お引き取り下さい」
  と,お客様に一生のうち一度は言って,仇を打ちたいと思っています。
  話を続けます。朔太郎が答えた,「複讐」の意味を書架の棚に差し立てられている辞書から引っ張りだすと,@仇討,仕返し A返報 B報復と記してありました。
  ビジネス社会はお客様と提案者の力関係で息づきます。どうしてもお客様が上になり,提案者が下になってお客様から虐げられ苦労しなくてもよい苦労をさせられ徒労を強制され,提案者は実にいまいましい気持ちになりがちです。私の40年ほどの生きざまは,提案者の存在でした。言うなれば,私が物書きになるということは,ビジネス社会で虐げられた反動と言うべき復讐でしょう。だけど,「物書きは復讐だ!」 などと口が裂けても言えません。「もう,いっちゃいました……!?」
  いずれにしても,私が物書きを志すエネルギーとなっているものは,40年の生きざまで困難に屈することなく,自分を信じる強い心の貫きが源になっていると言えます。(有頂天オヤジ,カッコいいーぞ!)
  で,居直るわけじゃないが,お客様から虐げられることは,自分のビジネス能力を磨かれたことにもつながるのではないか? つまりは,人間成長の才(かど)をお客様から気づかされ教育されたということです。この辺の考え方は別のエッセイで書きたいと思っています。が,先出後入で話をつづけます。
  我々の親愛なるものは,類似している同業提案者ではなく,立場が全く逆のお客様が,最も我々と親密になれるのではないでしょうか。なぜだろう? 類似者の言動は,互いに似る弱みで敵対視されるのが特徴です。それに比べ,お客様との関係はある事を成功させるために役割こそ違え,同環境の舞台で共に汗を流し助け合う息づきが生じ,お客様の下で提案者は成長という名の恩を受けることになるのです。
  ここで,現役を退いた団塊の世代は,虐げられながら磨かれながら恩を受けたビジネス社会に,何かメッセージを残すことで恩返しとの想いがあるでしょう。それと,今まさに現役の中高年ビジネスパーソンは,いまだ苦労を虐げられているビジネス社会に対して,いつか仇を打ってやろうとその機をうかがっているのです。
  私は,読者と仕事論や家族・子育て論やの友好・遊行論など境涯が共感されると信じられることに物書きの意義を感じるのです。
しかるべき復讐は,転じて,私が文字や文章という武器を使い,世の中に感謝の意を表すことが恩返しだと考えています。
  私の役割は,あなた(読者)のメッセージをビジネス社会に届けることです。
  有頂天オヤジは,団塊の世代や中高年の境涯を共感という形で結び,あなたの代弁者となることを使命とします。

ファミリーに有頂天オヤジの生きざまを伝えておきたい
 
  私は,医療マネジメントに関する著書を2冊共著で出版しています。
  執筆は,医療界に意識改革の風を吹かせるためと考えました。一般ビジネス社会の企業風土や文化に関するマネジメントを,医療界に置き換えられればいいなぁと思ったからです。医療行為の裏には,必ず生き死のリスクが潜在化しています。私は,医療技術を高める指導ができないのは当然です。が,医療者に医療サービスをサポートするためのコミュニケーション能力を高める教育はできます。執筆は,医療マネジメントやリスク防止活動を通じて,組織定着化・浸透化の組織運動を活発にして欲しいとの想いが強かったのです。
  最初に共著した仲間の一人(64歳の先輩講師)は,一年に一冊出版するのが目標だと語りました。それと,逝った後,孫やひ孫に「おじいちゃんは,どんな人だった」
と,残された家族に問いかけられた時は,「こんな本を書いて社会のお役に立ったおじいちゃんだったと言われたいネー!」
  と,お孫さんの話しをしていたのを覚えています。
  私も「ウン,なるほど,そうですネー!」
  と,声をうるませ,感動しました。
  二冊目は,4名の現役バリバリの看護部長,及び看護師長さんとの共著でした。一人が,院内教育で活用でき,部下育成に使えれば良いと語りました。他の人たちは,家族に自慢したいと言いました。
「お母さんは,看護の仕事をこんな風に考え,患者さんのお役に立っているのョ! その姿を本という形で,家族に残せるということは,素晴らしいことだわ……」
  と,目を輝かして話していたシーンは,とっても感激・感動的でいまだに残影が瞼に浮かんできます。
  私も全く両者のご意見に同感です。いや,たいへん失礼なことで,執筆出版するということは,文字や文章という形で自分の生きざまを末代まで残せるということを私は,両者から気づかされ,教わったのです。
  つまりは,分厚いビジネスモデル&テクニック本であろうが社会時変のメッセージ本であろうが,またまた家族の喜怒哀楽や何でこうなるのか波乱万丈劇であったとしても,それは人の生きざまを表すことにほかならないことだと思うのです。
  自分の生きざまを文字や文章という形で社会に残せる使命は,本当にたとえようもなく素晴らしいことだと受け止めています。
  有頂天オヤジは,子供や新たに加わった家族の嫁さん婿さんや,孫,ひ孫に有形の財産を「人は一代,名は末代」まで,人の生きる道を伝えていきたい,たっての願いがあります。

V 有頂天オヤジは,何を書くのか

 落語家の古今亭志ん生師匠のまくらです。
「エー,私の方は毎度ながら,よく『縁』ということを申しますが,こうやってお客様にお目にかかるのも縁でありましてー 縁というものは何にでもあるもんですなー。あの人に会いたいなと思っても,縁がなければ会えない ましてや東京なんぞはそうですな 所番地が分からなくなって会えないですよー エー,会いたいと思っても会えない。ところが,会いたくないと思っていると会う……縁は不思議なもので……」
  そうです,私と読者は無縁法界といいながらも,不思議な縁を結ぶことになるのです。読者に心から感謝するべきことです。
  私の子供時代,大人は感謝することを「おかげさまで」と言ってあいさつしていま
した。
  物書きがこの先つづけられるということは,「読者の方々に,この度はご縁がありま
して,お蔭さまで痛み入ります」ということになるでしょう。
  それにたいして,「縁なき衆生は度し難し」ともいいます。
  縁がない人とは,私が傍で話をしても,叫ぶような声で何回説明しても排斥されるでしょう。私の話がおもしろく興味関心をよせなければ,読者と物書きは共に喜怒哀楽を共感することができず,私の努力不足や勉強不足や生きざまの詰めの甘さがむきだしにされるのです。
  たとえ縁があったとしても,生意気な表現やぎこちない(生硬)文章は,読者が私の本を手にして行方なしになることで,怒ることもあれば,哀しませることもあれば,排斥につながることもあれば……,全て,私の稚い心の表れで縁を離れて読者を抜苦与楽できぬ著者である私の責任となり,恥じるべきことです。
  むしろ,排斥された読者にこそ『縁』を築いていくことが大切な仕事と考えます。
多くの読者が共感するような喜怒哀楽を文字と文章で話を届けるということは,自ら読者との縁を結ぶ仕事を行っているということです。
  物書きは,「自分はこういうふうな生きざまだった,この先はこう考えて……!?」
  と,話しつづけなければならいと思うのです。
  私は(U)で,とほうもない「物書きの三つの使命」を話しました。今,私はキーボードを叩きながら,真一文字に口を結び,何を書くかという責任を重く受け止めています。
  それでも,物書きをつづけることは,人の生きざまを文字と文章で感情が伝わる表現に血潮をたぎらせるのは大切な仕事姿勢で,原点ではないかと受け止めています。

(了)

 

                

 



 

 

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