やりたいことが見つからない子どもたち
大月さんは情けないと思いました。高2の息子が、将来やりたいことがないと言うのです。
大月さんは50歳。小さな運送会社を経営しています。とはいっても、車両は軽トラック2台のみ。従業員は、妻と二人だけ。先月まで、30代の男性ドライバー一人を雇っていました。しかし、今は100年に一度の不景気。頑張ってくれた彼ですが、泣く泣く辞めてもらうしかありませんでした。ドライバーが辞めた分は、大月さんが頑張らねばなりません。日々の配送業務の他、自ら仕事を探して、顧客に頭を下げて回ります。今は亡き父親の跡を継いで始めたこの商売。何としてでも、倒産だけは避けたい。大月さんの心労は絶えません。
クリスマスイブの夜のことです。時計の針は午後9時を過ぎました。大月さんは、仕事を切り上げて、事務所から、自宅へと戻ってきました。リビングには、フライドチキンの香りがします。妻が買ってきたものです。クリスマスツリーの緑も、鮮やかです。見ると、高2の息子が、ソファーに横になっています。来年は、進路を決定しなくてはなりません。
大月さんは、心配になって口にしました。
「来年は高3だぞ。進路は決めたのか?」
息子は、やる気なく答えます。
「決めてない」
目を合わせようとしません。
朝早くからの仕事で疲れていた大月さんは、ついカッとなってしまいました。
「お前、将来は、自分で生活費を稼がなきゃ駄目なんだぞ。わかってるのか? お父さんは高校を出たあとすぐ、じいちゃんの会社で、額に汗して働いたんだ。18の時だぞ。今のお前と1つしか違わないんだ」
息子は、黙ったままです。
キッチンから妻がやってきました。
「まあまあ、あなた、今日は、クリスマスなんだから。また今度でいいじゃない」
大月さんの妻は、いつも夫と息子との間のあつれきを気にしています。妻もまた、心労でいっぱいなのです。
すると、息子が、ソファーから立ち上がって吐き捨てたのでした。
「何をやればいいかなんて、わかるわけないだろ。俺には得意なことなんてないんだから」
珍しく、息子が感情をあらわにしたのです。普段、息子とすれ違いの多い大月さんです。これで感情に火がついてしまいました。目を見開いて、一気にまくしたてたのです。
「俺は、家が貧しかったから新聞配達をしていた。中1の時からだ。家業を継ぐことが決まっていたので、大学進学の選択肢もなかった。だからお前は、自由に育ててあげた。ケータイもバイクも買ってあげた。大学の進学費も貯金している。何が不満なんだ?言ってみろ!」
普段口数の少ない息子ですが、溜まっていたものを吐き出します。
「毎日つまらないことの繰り返しばかり。俺は、産んでくれなんてお願いしてない」大月さんは、言葉を失いました。「息子がこんなことを考えていたなんて…」
リビングには、フライドチキンの香りがむなしくたちこめています。
しかし、ショックであった一方で、大月さんは、こう思いました。
「俺は、確かに高卒で学問もない。しかし、18の時から親の運送会社を手伝った。早朝から、軽トラックの点検をしたり、牛乳のルート配送をしたり。毎日、平凡だったが充実感があった。どんな仕事だって、一生懸命やれば楽しいものだ。それに、やってみなければ自分に向いているかなんてわからない。それなのにあいつはなんだ。何もしないうちから、自分はダメだと決めつけている」
自由にさせてきたのに、やりたいこともない息子。家業を継ぐしかなかった大月さんは、情けなくなりました。
苦労して育った親は、子供には自分のような苦労はしてほしくない、と思うものです。しかし、苦労を知らない子供には自由の意味が理解できません。
「親が子供に苦労を与える」ことも、必要なのだろうか。苦労がないから、自分のやりたいことが、見つからないのか。自由になんでもできる世の中なのに、やりたいことがないなんて、もったいないことだと大月さんは思いました。
文:J.Akimoto
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