護国寺の朝
窪田 裕信
10月10日土曜日。
僕はいつものように、野間道場の朝稽古に向かうため、朝5時39分発の電車に乗ろうと、駅に向かい歩いていた。
ようやく明るくなり始めた東の空は、これから始まる朝焼けの準備をしていた。
電車を乗り継ぎ、池袋を経由し、有楽町線で6時20分頃に護国寺のホームに降りた。
地下鉄の階段をあと数段でのぼり終える頃、前方には田中先生が歩いていらした。
背中には胴着が入っているのだろう、小さめの赤いリュックを担ぎ、紺の竹刀袋を左手に持っていた。
70歳を超えられたとはとても思えない、背筋が伸びた凛とした歩き姿である。
田中先生は、長年剣道をやっていらっしゃるのと、御高齢の関係、耳を不自由にされており、補聴器をつけていらっしゃる。
そのせいか、道場で話しかけても聞こえない時がある。
しかし、目があうとにこっと笑う温和な表情の先生は、皆にとても人気のある素敵な先生だ。
数日前の朝にもこのような場面になり、少し後ろから声を掛けた。
しかし、僕の声は田中先生には届かなかったようだ。
「おはようございます。」
僕の声は、地下鉄の改札を出てまっすぐ伸びる地下道に小さく響いた。
地下鉄がホームを離れる度に、とても強い風が地下道を駆け巡る。
僕の声はその風の音に消えて、誰も振り向かなかった。
その日も数日前と同じように挨拶をした。
が、やはり僕の声は田中先生には届かなかった。
「やっぱり聞こえないのかな?」
少し寂しい気持ちになった。
先生も朝稽古に向かうため、急いでいらっしゃるようだ。
早朝の6時過ぎ。
護国寺の地下通路には、数人しか歩いていなかった。
僕の少し前を歩く田中先生。
僕と田中先生の前には、改札口から約150メーターほど真っ直ぐに伸びる、幅5メーターほどの少し薄暗い地下通路。
文京地区らしく左側には、大学と美術館のポスターが貼られている。
通路の真ん中には、視覚障害者用の丸い凸のある四角い黄色タイルが続く。
薄暗い通路の真ん中を、出口に向かって真っ直ぐに黄色いタイルが伸びていた。
まるで、夜の飛行場に輝く、滑走路の誘導灯のような黄色いタイルの列が、僕は今でも目の奥に浮かぶ。
野間道場に向かう出口は、その通路の奥の右側にある。
そのタイルの列の左側を歩いていた田中先生は、黄色いタイルの列を約4〜5メータの距離を残し、左側の出口を目指してそのタイルを渡ろうとした。
その時だった・・
僕の前を歩く田中先生は、急に歩くスピードを緩め、そして体が止まる寸前に、歩幅を大きく変え、その黄色いタイルを踏まないように大きくタイルを越えた。
目の不自由な方を思いやるように、タイルを大きくまたいだ。
僕の心の中に、とても暖かい気持ちが流れた。
言葉でなく態度で表す、思いやりの気持ちを形で拝見した瞬間だった。
それも、耳の不自由な先生が、目の不自由な方を慮る光景。
僕は、はっと、息を呑んだ。
僕に足りないものの一つを、その背中で教えていただいた気がする。
技ではない。
強さではない。
見えない相手を思いやる気持ち。
そして、僕が剣を学ぶ道の中で、明らかに足りないものの一つが、今、目の前で緩やかに演じられた。
僕も先生のまねをして、黄色いタイルを大きく越した。
そして、右側の出口から地上にでた。
護国寺では、すでに陽が登っていた。
僕は薄暗い地下道で、思いやり溢れたまぶしい光景を思い出していた。
今、朝陽をあびた未熟な僕でも、今日は何か良いことがあるような気がした。
そして、今見た光景を大事に心に留めておこう。
僕にとっての心の修行は、まだ始まったばかりである。
(了)
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