月刊 Writers!  編集長:高橋フミアキ  
ホーム | 問合せ| Blog | About | mail magazine| podcast 


MENU

・書いてみたい人


・文章を学びたい人


・仲間を見つけたい人


・お金持ちになりたい人

・ライターを探している人



剣道コラム『息子の剣』

息子の剣


窪田 裕信

 

私は嬉しかった。
昨日の道場での試合の後、湧亮(長男:ゆうすけ)が大切なことに気づいてくれたからだ。
私からすると、「ようやく気づいたか」としか言いようが無い。
試合に負けた時に感じた、初めての気持ち。
自分自身に対する憤りの気持ちだ。
「お父さん。今日も友達に負けてしまったよ。今度は勝ちたいんだ。どうしたらいいだろう?」

湧亮が小学3年生から始めた剣道。小学6年生になった今、もう3年間がたっていた。
1年生から6年間やっている友達に、ようやく最近だが、湧亮は追いついてきていた。
剣道以外ではとても仲の良い友達だが、やはり同じ道場のライバルである。
試合も互角に出来るようになってきていた、それが湧亮の少しだけだが自慢でもあった。
今まで、湧亮は必死に食いついて剣道のお稽古をしてきたから、ようやく彼らに追いつくことができたのだ。
しかし、最近は気が緩んでいたのかな。
「追いつく事」が目的では無いのに、互角に試合ができる状態を、湧亮は少し勘違いしていた。

しかし、ここ数試合、湧亮は仲間同士の試合で負けることが多くなってきた。
先月も、そして今月も、湧亮は負けた。
良いとこまで追い詰めるけど、最後の詰めが甘く、1本が取れない。
はた目には打ち筋にもお互いに遜色がないように見えるが、やはり決まらない。
逆に友達は、競っても1本を確実に取るようになってきた。
紙一重の技術だが、剣道では致命的な差が出てしまう。
そんな結果を、指導者として、また、父として見ていた私の耳に、友達の努力の情報が入ってきた。
最近、友達は湧亮を意識して、自宅で練習しているという。
毎朝、公園を走ったり、竹刀の素振りをしたり・・
彼らの最近の試合結果を裏付ける情報に、私は無言で二度頷いていた。

湧亮はようやく追いついたけど、いつかまた離される。
それが今の状況だ。
それは、今の湧亮には「追われる危機感」が無かったからだ。
今日の試合も負けた。
湧亮の竹刀より、友達の竹刀が明らかに走っていた。
速さと鋭さが全く違った。
危機感をもったお稽古と、影の努力の結果が、明らかに成果として見えていた。

夕飯の時、湧亮が私に質問をしてきた。
「お父さん。今日も友達に負けてしまったよ。今度は勝ちたい。どうしたらいいだろう?」
私は答えた。
「今度勝つために必要な事は何か、よく考えてみろよ。6年生として。」
湧亮は考え始めた。箸を止め、そして、天井を見つめ、しばらく無言だった。
「いいか、湧亮。この間までは、勝ったり負けたり、半分くらいだったよね。でも最近は負けばっかりだ。
お前も友達も、今までと同じようにお稽古もやっているのに変だと思わないか?」
私から一つだけ考えるきっかけを渡してみた。
「うん、僕もお稽古は休んでいない。友達も休んでいないよ。」
「湧亮。では、何でだと思う?」
湧亮は少し考えてまた上を向いた。
数十秒の時間が経っただろうか?突然に「あっ!」と思い出したように小さく口を開けて言った。
「友達は道場のお稽古意外に、トレーニングをしているのかもしれない?そういえば、最近、朝早く起きて公園に行っているって話してたよ。」
「湧亮も今までお稽古を休まなくて偉いと思うよ。だけど、友達はそれ以上に練習をしていたんだね。」

湧亮は姿勢を正して、まっすぐに私の顔をみて言った。手を膝において頭を下げながら。
「お父さん、御願いがあります。僕に特別なお稽古をつけてください。御願いします。」
私は、小さく一度だけ頷いて言った。
「いいよ。明日から、今までと違うお稽古をしよう。」
その一言に、湧亮は目を輝かせた。
「僕はまた、友達に勝ちたいんだ。その為に、走ったり、竹刀の素振りをしたり、トレーニングもするよ。次の試合では、奴らに絶対に勝つんだ。」

私は、ただ無言で湧亮を見つめ、二度頷いた。
これ以上、もう今の湧亮には何も言うことはなかった。
家族4人で囲む食卓に、なぜか前向きで暖かい空気が流れた。

(了)

 



 

 

Copyright © Takahashi fumiaki office All Rights Reserved.