夢にまで見た理想の自分の姿に一歩近づいた日
竹内淳子
薫は家を出た時からすでに10分の遅刻だった。最寄り駅のJR目黒駅まで7〜8
分かかる。小走りに走りながら口紅をぬった。
代田橋にある「居酒屋あきら」に行く為だ。その店は文章教室の生徒と笑顔の会
のメンバーが集まってくる店だ。先生はむしろそうゆう人達の溜まり場にしたいとの
思いから居酒屋を開いたと聞く。
今日は5時から小説の勉強会があるのだ。
これも聞くところによると、高橋先生の小説勉強会に集まるメンバーはすでにプロ
やセミプロ級の腕前の人々が集まってくるらしい。
「そ、そんな。。。」薫は聞いた時、絶句した。薫にとって小説を書きたい、と思った
のも冗談のような話からだったから。
今年の正月2日に見た夢だ。その夢は、薫が書いた小説がマスコミに絶賛され
一躍有名人になってたくさんの取材を受けている、スポットライトに浮かぶ自分の
姿。黄色のドレスの鮮やかなことよ。。。今でもまざまざ目に浮かぶ。
こんな夢見たことなかった。せいぜいオサイフを拾って(数万入った)縁起がいい
わい!と喜んでいるよくありそうな夢だ。
薫は今年は当たり年になりそうだと根拠の無い確信を得た。
薫は女らしい女だった。少なくとも見た目には。やや保守的なファッションでクセの
の無いウリザネ顔。性格はやさしくおとなし気にみられる事に自分でも満足していた。
平凡な中小企業のどこにでもいそうなOLを20年近くやっている。独身だ。
中庸で目立たず、人には親切にしよう、をモットォーにしている。
脳てんき気味な面もあり愛嬌でもあった。
そんな薫だが、10代後半から20代前半にかけて、自殺した作家の本を
洋の東西を問わず片っ端から読破した経験を持っている。聞いただけで中毒
になりそうだが、実際に一時期、精神が侵されたと自覚していた時もあった。
人生って何?何の為に生きてるの?若さ特有の根源的問いに対して、何を
もってしても答えが得られない焦燥の日々。
三島由紀夫を読む段になって、やっと心身の落ち着き先を得たような気がした。
あの美意識とエンターティメント性は、薫の本来の気質と感性に違和感無く入って
きた。
そうだ!人生って道化だ!所詮お芝居なんだ!と思うと、重くのし掛かっていた
背中の荷物がやっと降りてくれた気分だった。
自分は仮面だ。という思い込みと「私がどうであれ、私は私の道を行くから
気にいらなかったら、そばにこないでヨォ!」と無言の内にも強いメーッセージを
放っていたせいか、初対面の人の中には何となく後づさりしていく人がいた事も
確かだった。
アバンギャルドを気取っていた、と言ったらわかりやすいかもしれない。
そんな薫も中年の範ちゅうに入ってから久しいが、年月は人を変える、の格言
通りに、薫自身気がつかない内に少しづつ変化していた。
若さからくる無知と傲慢が人を傷つけ、自分も思ってもいないところで深く傷つく。
こんな繰り返しの中で悟ったのか、「女らしさ」の重大さだった。内容の奥深い
ところまではわからないが、一般的な意味で。
そして、更に年月が流れ、ここ2〜3年は自己啓発に忙しい日々を送っていた。
いろいろ真面目に勉強するようになってから長い間、封印していた、”何の為に
生きるのか?私って誰?”と言う思いが再びふつふつと湧き上がってきた。
その思いは、人生の最終章に向かってもはや誤魔化しようにない叫びにも似て
薫の魂を毎日揺さぶっていた。
昨年は1年掛けて自分のミッションを知る為のコーチングを受けた。
3月になって高橋先生の文章スクールのセミナー告知がメルマガの中で掲載
されていた。4月下旬のセミナーに初めて参加して何よりの収穫は、高橋先生は
親切で暖かい人物だと知る事だった。それに面倒見もよさそうに見えた。
こんなど素人でも、本気になればバカにしないで指導してくださるだろうと思った。
高橋先生の著書も読んだことは無く、どうゆうお人かメルマガのプロフィール以外
何も知らなかったが、いい先生に出会った!ツイテイル!!と神に感謝した。
4月と5月の文章スクール参加で2度目。今日は3度目になるが、先生が小説の
書き方をレクチャーして下さると言うので、いそいそと出かけてきたのだった。
思ってもみないトントン拍子に進んでいく様子に薫はまたもや思った。
「やっぱり今年の正月の夢は、神のお告げにちがいなかった」と。
そんなこんな考えに思いをめぐらせている内に乗り換え駅の明大前に電車は
停まった。あっ!ここで降りるんだっけ??と思って座席から立ち上がった瞬間
にドアが閉まり電車は出発した。
ア〜 ア 〜アァ。。。!やはり人生、何でも一瞬の迷いが大事を逃すんだ、と
こんなところで人生訓を思い出した。
次の駅の永福町で乗り換えて明大前に戻ってくれば、そこで京王線から代田橋
駅は一つ目だった。この文だと20分位の遅刻になるなぁ。。と思いながら新宿方面
のホームに出たら、たった今、各駅停車が出てしまったところだった。
次と次と次と。後続の3電車とも急行、快速、準急と表示されていた。15分位の
ロスがでる。「ゲェ!ついてない!」と思わず口にした。
気を取り直して、ついでに顔も直してニッコリ笑ってみた。ブスッとした顔にならない
ようにいつも薫は気にかけていた。
代田橋北口で降りたら、あとは大丈夫。一週間前に通った道だから覚えている。
なんだかんだで結局40分も遅刻してしまったが、薫は鼻歌まじりで、居酒屋あきら
に着いた。元気に「すみませ〜ん」とのれんをくぐったら、なんと先生が一人ポツン
と座っていた。
「あれ、みなさんは?」薫の問いに先生は「今日は貴女一人です。貴女の為の小説
教室ですよ。待っていたョ」
薫は先生と目が合った瞬間、先生の気持ちまで動かしていた自分の本気が自分
でもホンモノだった、と強く思い知りお腹の底からうれしさがこみ上げてきた。
今まで新年を迎える度に新しい目標や夢やらを掲げ「本気」でその年のスタートを
切ったのにも関わらずどれ一つとして初志貫徹した記憶が無いように思っていた。
結局は、「その場の思い付き」であったのだ。
そして、遅刻をしてしまった自分を叱るどころか暖かい言葉で迎えて下さった高橋先生の大きな器。海のものとも山のものとも知れぬ人間に対して熱い情熱
を傾けてくれようとしている高橋先生の真心。薫はツゥーとしずくが落ちてくるのを
感じた。
一生懸命小説の勉強をして結果を出して、先生の気持ちに報いようと強く思った。
文章修業の目的であったが、先生が「笑顔の会」も主催している関係で、すばらしい
コミニティの存在を知ることになり、参加できる事は、うれしいおまけだった。
(了)
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