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物語セラピーシリーズ/商品開発物語−真子の場合』

商品開発物語−真子の場合

        鈴木裕美

 

「長谷川さん、ちょっと」
「はい」
  和久井課長から呼ばれた長谷川真子は、<あぁ、今日もだ>と暗い顔で返事をした。 現在、17時50分。業務終了時間の10分前。卓上カレンダーの今日の日に、バツをつけて立ち上がった。バツは土日を除いた平日全てについていた。
「長谷川さんに図書係を頼みたいの。みんなが買いたい本をまとめて、私に連絡して。やり方を打ち合わせしたいから、空いている部屋を探して」
和久井美樹子は、言い放った。
「はい。あの、今からですか?」
「今からやるの。だから呼んだのよ」
「はい」
真子は、怒りとあきらめの入り混じった気持ちで、空いている会議室を探し始めた。

 長谷川真子が勤めているのは、化粧品通販会社のサプリメント開発部。外側からつける化粧品だけでは現代人の肌のコンディションを整えるのは難しい。家でも会社でも空調が入り、1年中快適なようで空気が乾燥しすぎているのだ。また、旬の食べ物は減ったが、添加物たっぷりの加工食品はどこでも手に入る。現代人は、忙しいことを理由に、便利さと不健康を手にしているのだ。健全な食生活を送れない人たちのために、主な化粧品会社はサプリメントを取り揃えている。真子の会社でも、美容食品を中心にビタミンやミネラル類を揃えていた。
  真子は、新卒として入社してから5年がたち、27歳になっていた。昨年昇格試験に合格し、主任になった。その後は、連日、定時直前に和久井課長から呼び出され、うんざりしていた。

「ね−、まゆみ。聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる」
寺本まゆみは、すでに酔っ払いと化している長谷川真子に、テキトーに返事をした。
「ね、さすがにジャイアンでしょ、ひどいよね。気分で仕事してるのよ」
  課長の和久井美樹子は、サプリメント開発部の部員にジャイアンと呼ばれている。ジャイアンは、ドラえもんに出てくるキャラクターで、体が大きくてわがままな乱暴ものだ。和久井美樹子は、小柄で丸々としている。しかし、部下のモノは自分のモノという感覚はジャイアンそのもので、捜し物があると、人の机の上だけでなく引き出しまで開けて見る人だった。また、部下を召し使いのように扱う上司であり、部下よりも上しか見ていないサラリーマンの典型であった。それでも、サプリメント開発のことを全く知らない部長から、チ−ムを一任されていた。
  和久井美樹子は、真子を図書係に任命した後、10分もしないうちに、「用事があるから」と帰ってしまったという。
「ジャイアンは、暇つぶしのために必要のない係を作ったのよ。予定していた時間が来たら、後はよろしくね、だって」
真子は腹立ちまぎれに言った。
「本なんて、毎日のことじゃないんだから、買うかどうかを1回ずつ決めればいいのよ。予算を超えて買うなんて誰も言わないんだから!」
「そうだね」
「打ち合わせっていったって、何も決めないで帰っちゃったんだよ!無駄なことばかりさせて!」
「ホントに」
「私の残業は、ジャイアンのせいなんだよ!それなのに調整できないのは能力がないからだって」
「それは、ひどいね」
「そういえば刈屋さんが、ジャイアンのこと、和久井じゃなくて悪いだって」
「え?」
「和久井課長じゃなくて、悪い課長だって」
「それ、受ける〜」
「そうでしょ、受けるよね」
さっきまで愚痴を並べていたのに、キャハハハハハハ〜と、2人は女子高生のように笑った。

 刈屋美奈子は中途入社10年目の35歳。物静かで洞察力があり、みなが一目置く存在だった。もともと真子と同じサプリメント開発部であったが、品質管理部を緊急に立ち上げる必要に迫られた開発本部長が、彼女に白羽の矢を立てたのだ。

「刈屋さんて、ユーモアのセンスがあるね。やさしくて頭がキレて、ジャイアンの真逆じゃない。真子が憧れるの、わかるわ」
「そうでしょ」
「もうジャイアンはほうっておいて、楽しいことで盛り上がろうよ」
「うん、じゃあ何? 彼のこと?」
「この間、合コンしてね」
「何? また合コンしたの? 彼がいるのに?」
「それは、それでしょ」
  寺本まゆみは、真子の同期で総務部に所属している。売上に直接関与しない部署のため、まゆみの後の新卒配属はないままだ。上司は60歳を超えており、まゆみのことを孫のように可愛がっていた。
  まゆみは、真子のようにバリバリ働くのもよいが、人間関係が壊れたところで仕事ができるとは思っていなかった。1人でできることでも、時々上司に手伝ってもらい、円滑な人間関係を確認していた。まゆみの言い分は、仕事をしていると上司が手伝いたそうな顔をするので、手伝わせてあげるのだそうだ。
  まゆみは、社内外共に男性受けがよく、特に年配者の人気が絶大だった。社内ではオヤジキラ−と呼ばれ、悪く言う者もいたが、まゆみほど相手の心をくすぐる甘え上手はいなかった。
  真子とまゆみは、入社した時から気が合い、自分にない部分を尊敬し合っていた。
その夜の酔っ払い2人の話は、とりとめなく、あちこち飛んで夜は深まっていった。

 会社のサプリメント開発部は、ここ最近、売上が伸び悩んでおり、大型新製品の投入が待ち望まれていた。いろいろな会社から似たような商品が出て競争が激化し、市場も成熟期を迎えていた。
  そろそろマイナーチェンジではなく、独創的な商品ができないか? そう上から打診された和久井美樹子は、その役回りを長谷川真子に振った。
真子を呼んで、
「なんでもいいから来年の春に大型商品の企画を入れて」
と丸投げした。
真子は、丸投げには慣れていたが、商品開発という仕事に対する課長の無責任さに腹が立ち、刈屋美奈子に言いつけに行った。
「刈屋さん、ひどいと思いませんか」
「そうね、ひどいとは思うけど。いつもの話じゃない?」
「そうなんですけど、開発の仕事をなめているとしか思えないです」
「なめてるんでしょうね」
「そんな人が課長なんですよ。私、我慢できません」
「じゃ、どうするの?」
「私、本部長に話したいと思います。刈屋さんを開発に返してくださいって」
「まぁ。そう思ってくれるのはうれしいけど。そんなことしても何も変わらないわ」
「とにかく今の現状を知ってもらって、刈屋さんの力が必要だって訴えたいです。そう話してもいいですか?」
「えぇ、いいけど。本部長は現状は知ってるけど、知らない振りをしてるんでしょうね」
「はっきりと言わないとこのままにされちゃいますから」
  真子は刈屋美奈子に話したことで少し気分が晴れた。すぐに本部長のアポをとって自分の考えを訴えてみた。本部長からは、それでも頑張ってほしい、と励まされて終わった。刈屋美奈子に報告した時、
「話をしただけでもよかったのよ」と慰められた。

 真子が新しい企画をどうしようかと考えていると、また和久井課長から「ちょっと」と呼び出しを受けた。
<私は、ちょっと、じゃないんですけど>と心の中でつぶやき、課長の机の前に立った。
「長谷川さん、この前話した大型企画なんだけど。カタログ編集部と話してローヤルゼリーのリニューアルに決めてきたから」
「え? 何でもいいからっておっしゃったじゃないですか?」
「言ったけど。何をやるかは私が決めることにしたの」
「どうしてですか?」
「もう決めたから。席に戻っていいわよ」
「私は、理由を聞いてるんです。教えてください」
「ローヤルゼリーは、うちの会社では古い商品だし、そろそろリニューアルしたいと思ってたのよ。高額商品だし、大型企画になるでしょ?」
「はい。では、課長の考えているネタはなんですか?」
「何言ってるの。ネタは長谷川さんが考えることでしょ」
「わかりました。ローヤルゼリーってことだけが決まったんですね」
「そうよ。後はよろしくね」
「わかりました」
  真子は、本部長に話したことがこの結果につながったと考え、自分の行動を反省した。
<なんのネタもないローヤルゼリーだなんて、どうしよう。刈屋さんに相談してみよう>

 ローヤルゼリーは、健康食品の中ではよく知られている女王蜂の食べ物。年老いたローマ法王が食べて体調を整えたことで、世界的に有名になった機能性食品である。最近では、更年期の女性のお悩みを解決するサプリメントとして、とても人気がある。

「刈屋さん、本部長に話したことが裏目にでちゃいました」
「どういうこと?」
真子は、和久井課長に開発商品を決められてしまったことを話した。
「そうなの。話の流れからして全くの新製品を開発してほしいってことだと思ったんだけど、違うのかしら。でもローヤルゼリーとは痛いわね」
「はい、そうなんです」
  ローヤルゼリーはそれ自体に人気があり、単品で勝負しているメ−カ−が多い。また他の機能性成分をプラスした食品も競合各社からすでに多種類が販売されていた。
  商品を差別化するポイントがネタであり、お客様を引き付ける商品の魅力となる。真子は、成分でも原料でもコストでも、今の商品より良くなるネタが欲しかった。
  刈屋美奈子が今までの出来事を整理するように言った。
「ともかく、ジャイアンが注意を受けたのは確かね。本部長が動いてくれたってことよね」
「はい」
「ジャイアンは真子ちゃんに振ること以外、考えてなかったのね。だから、カタログ部に行って誰かの思いつきをいただいたんだわ。きっと」
「よりによってローヤルゼリーだなんて」
「確かにそうだけど、考えようよ。前のローヤルゼリーはジャイアンが担当したんだから」
「そうですか」
「真子ちゃんならではの商品の個性を考えてみたら? 真子ちゃんなら、きっとできるわ」
「そうでしょうか?」
「な−に、真子ちゃんらしくないじゃない。考える『幅』はないかもしれないけど『深さ』で対応できるでしょう? お客様が欲しがる情報で差別化するのよ。お客様の立場でイメージできるかが勝負よ」
「あぁ、わかりました。いつもありがとうございます」
刈屋美奈子の知恵を借りた真子は、<刈屋さんて、やっぱりすごい人だ。刈屋さんの期待には応えたい>と商品開発に対する気持ちを新たにした。

 寺本まゆみは、社内書類の書式見直しを進めており、たたき台を刈屋に見せて意見をもらおうと思っていた。刈屋美奈子に見せたら、最初は驚いた顔をしていたが、以前いた会社ではこうなっていた、ここが使いやすかったと指摘してくれた。まゆみは、今まで不思議に思っていたことを聞いてみた。
「刈屋さん、いろいろ甘えてしまってすみません。助けていただいてなんですが、担当業務以外のことを聞かれて負担にならないですか?」
「あら、心配してたの? それは人によるわね。真子ちゃんやまゆみさんは、先に調べて自分の考えを持って聞きにくるでしょ。そういう人は質問が違うのよ」
「質問ですか?」
「そう。何も確認しないで知りたいことだけ聞きにくる人が多いの。あ、噂をすれば来たわ」
刈屋の部下の田上直人がニコニコしながら近づいてきた。
「刈屋さん、書類作成終わりました。確認をお願いします」
「はい、ありがとう」
  田上は、刈屋美奈子に自分のわからないことだけを聞き、その後の経過報告は一切しないという。田上はプライドの高い自信家で、社内の女性陣から敬遠されていた。
「真子ちゃんやまゆみさんは、1つ聞いたら最後まで報告してくれるでしょう。当たり前のことだけど、できない人が多いの。なにかを聞かれる度に私は使いっ走りかと思っちゃうわ」
「刈屋さんを使いっ走りにするなんて大物ですね」
「あら、ほとんどそうよ。役に立てるのはうれしいけどね」
「時間をいただいてすみませんでした。」
「いいのよ。私も勉強になるから」
まゆみは<私も刈屋さんのファンになっちゃおう>と思いながら席に戻った。

 刈屋美奈子は、マニュアル世代の田上に振り回されて疲れていた。田上は、社内事情に通じている刈屋を頼りにし、何かと質問しては
「そのマニュアルはないんですか?」
と言う。その度に、品質管理部はできたばかりで目の前の仕事を片付けて事例を集めているところだと説明した。
最近ではマニュアルという言葉がでると、
「じゃあ、自分で作ってみる?」と返していた。

「刈屋さん、最近の困ったちゃんはどうですか?」
まゆみが聞いた。
いつもは真子とまゆみの2人で夕食をとることが多いのだが、真子が品質管理部をのぞいたら刈屋美奈子が残業していたため、食事に誘ったのだ。
「うちの部のマニュアル君ね。相変わらずよ。誤字脱字が多いし、日付や部署名を忘れるのよ。私が頼んだ仕事自体を忘れてることもあるわ」
「まゆみから聞きました。かなりの大物らしいですね」
「それがね、社内の力持ちが誰なのかは理解したみたいなの。彼はタバコを吸うから、喫煙室で上の人たちに擦り寄ってるようよ」
「うわー、いやらしいですね」
まゆみが顔をしかめて言った。
「まあ、それもマニュアル君の生き方だからね。ただ、あれだけ忘れると上の人についていくのは大変だと思うわ」
「でも、上のことだけ気にしていればいいんですよね? 楽そうです」
真子がジャイアンを思い浮かべて言った。
「そうだけど、自分の考えがないと、辛いのは自分よ。なんでも人のせいにできて楽なようだけど。人が決めたことをただやるだけなら、アルバイトの人でいいの。社員には自主性が求められているはずよ」
「あ、そうですよね」
真子とまゆみの2人はうなずきながら答えた。
「刈屋さん、最近マニュアル君が私の周りでうるさいんですよ。」
「あら、まゆみさん。気に入られたのね」
「私、できる人が好きなんです。しっぽ振ってる犬みたいな人は、どうもね」
「まゆみ、彼がいるでしょ」
「はいはい」
「まゆみさん、あんまりうるさいようなら部長の耳に入れた方がいいかもね。まあ目立つことをしたら部長から大目玉もらうでしょうけど」
「それが姑息なんです。部長の目が届かない所で声をかけてくるんです。郵便物を配布している時とか、内線連絡した電話を切らないとか」
「あら、考えてるわね。」
「刈屋さんから遠回しに注意していただけませんか?」
「そうね、お邪魔してるなら迷惑よね。注意してみるけど、意味がわかるかしら」
「確かに。鈍感そうですね」
「悪気がなくて天然だから、余計大変なのよ」
刈屋美奈子がため息をつきつつ、目の前のサラダを頬張った。
女性3人の食事会はアルコールがなくてもおしゃべりで盛り上がった。愚痴やら悩みやら自慢やら、笑いと共に次々と話題が変わって時間が過ぎていった。

 ローヤルゼリーの新しい企画を考えた真子は、内容の精度を高めるため、刈屋美奈子とジャイアンに企画書のたたき台を提出した。真子は以前、自分が送信したメールをジャイアンが開けずに放置しているのを見かけ、ショックを受けたことがあった。そのことから学び、ジャイアンの他に、部長とその上の本部長にも企画書を添付したメールを送り、印刷もして配布しておいた。今回はジャイアンも企画書に目を通したらしく、いくつかの指摘が入り戻ってきた。真子は企画書をさらに練り上げ、商品化会議に臨んだ。
  商品化会議は、各部署の上長が集まる社内最大の会議で、商品化にふさわしい企画か、開発を進めてよいかを議論する場となっている。
真子は、会議に出席した各部長の顔を眺め、気合い十分で社長に向かって企画の説明を行った。指摘されるのは、コストか? 原料か? 成分か? 売上予測か? 真子はドキドキしながら、質疑応答に話を進めたところ、意外な点に質問が集中した。
「なぜ、今、ローヤルゼリーなのか?」
「大型企画の意味をどう考えているのか?」
「今まで手をつけたことのない新製品を出すということは、どうなったのか?」
真子は、ローヤルゼリーの中身については、想定問答を組み立てていたが、ローヤルゼリーでよいのか? という視点での検討はしていなかった。ジャイアンからの課題をうのみにしてしまったからだ。
<そういえば、刈屋さんが言ってたな。私も疑問に思ったんだから、もう少し突っ込んで聞けばよかった>
真子は、自分が質問してジャイアンから返された言葉をあっさりと繰り返し、課長からの指示があったことを付け加えた。
その後は、和久井課長の1人舞台となった。
和久井美樹子は、会議の質問をある程度覚悟していたらしく、説明する側に回った。
「その件は、私からご説明させていただきます」
和久井課長は、企画書以外なんの資料も用事していないのに、スラスラと質問に答えていった。現在の売上金額や個数という数字を聞かれた時には、一瞬言葉に詰まったが堂々としていた。真子は和久井が答えた数字が間違っていることを知っていたが、口をはさまなかった。<何がなんでも企画を通す>という和久井の意志が感じられ、自分にないものが何なのかがわかった気がした。
  結局、会議でローヤルゼリーの企画は通り、一生懸命考えた内容についてはほとんど議論されずに開発を進められることになった。

 真子は、まゆみと刈屋美奈子を夕食に誘い、商品化会議の一部始終を2人に話した。
「ジャイアンの押しが強くて、みんなが圧倒された感じでした」
まゆみがツッコミを入れてきた。
「え、真子も感心したってこと?」
「ある意味、感心したけど、私はあんなふうになりたくないって思っちゃった。私はわからないことはわからないって言う人でいたいの」
「そうね、それでいいと思うわ。人と違うのが個性だから」
刈屋美奈子が言った。
真子は心の中のモヤモヤした思いを刈屋にぶつけてみた。
「私、会社のことがわからなくなってしまって」
「そうなの」
「ローヤルゼリーの中身なんて全く議論されなかったんですよ。いいんですかね?」
「中身は問題なかったということじゃないかしら。部長たちは、サプリメント開発を知らない素人だけど、バカではないわ。プロが立てた企画に文句のつけようもなかったんじゃない? 指摘できることなんてコストやデザイン位でしょう」
「確かに、コストとデザインには条件がつきました」
「ね、自分たちの土俵で勝負しようとするのよ」
「なんだか力が抜けますね」
「じゃあ、自分が社長だったらって想像してみて」
「はい」
「大型の企画を今投入するってことは社運をかけることになるわ。企画には期待がかかるし、心配になる。会議ではこの企画なら大丈夫だと安心させてほしい。ウソでもいいから、安心したいのよ。そこにジャイアンが都合よく安心情報を流してくれた。部長が数字を確認するわけがないんだからウソだとはわからない。ね、ジャイアンが上の人たちに好かれるのは理由があるのよ」
「なんかウソをついて言い負かしているようでした。そこまでして評価されたいんでしょうか?」
「それは人によるんじゃないかしら。ジャイアンは数字を確認しなかっただけで、ウソをついたという意識はないかもしれないわ」
「きっと、そうです。そして自分の都合の悪いことは忘れるんですよ。幸せな人ですね」
「真子ちゃんやまゆみさんは、わからないことはそのままにしないし、確認するでしょ」
「はい、もちろんです」
真子が言い、まゆみはうなずいた。
「私も同じ。企画は通った方がいいけど、自分の良心にしたがって正しいことができる方が大切だと考えているから」
「はい、そう思います」
「私はジャイアンの行動は理解できるけど、信用はしてないわ。真子ちゃんやまゆみさんのことは信頼してるけど」
「ありがとうございます」まゆみが答えた。
真子は納得できないという顔で、刈屋に聞いた。
「刈屋さん、私、社長のことをずっと仕事ができるいい人だと思ってました。でも、がっかりしてしまって」
「そうね。社長はいい人だと思うわ。でも誰でも間違えることがあるのよ。会社は人の集まりだし、好き嫌いもあるわ。自分が欲しいと思う答えを出してくれる人を評価してしまうものよ。人間だから、ね」
「頭ではわかるんですが…」
「後は真子ちゃんの仕事に対する考え方しだいじゃない? 人の評価に関係なく、正しいと思うことをすればいいのよ。その方が人に振り回されないし、自分の価値観で判断できるわ」
「はい、よく考えてみます」
まゆみは、2人の話をずっと聞いていて、<私も上司には正しい立場を貫いてほしいな>と思った。いつもの怒っている真子とは様子が違うので、気軽に言葉をかけられなかった。
刈屋美奈子が優しく言った。
「真子ちゃん、社会に出たら『人を喜ばす人』が評価されるわ。後は、誰を喜ばすか、ね。ジャイアンは、社長を喜ばせたの。私たちは、お客様に喜んでもらいたいじゃない? だったら、やることは決まってるわ。内輪のことより、外に目を向けましょう」
「はい、わかりました」
話を聞いていた真子の目に、力が戻ったようだった。

真子は思った。
<私は、自分が頑張った分、評価されるのが当たり前だと思ってた。理想の上司とジャイアンを比べてたんだ。アピールしないと誰にも伝わらないのに>
なんだか、嫌いなジャイアンのことを考えるのがバカらしくなってきた。
<ジャイアンなんて、どうでもいいや。私は、お客様のために、これが欲しいと思ってもらえる商品を作るんだ!>

 翌日、真子はまゆみに会った時、声をかけた。
「まゆみ、私、決めたよ。格好よく生きることにした」
「いいね。真子らしいじゃん」
「ありがとう。よ−し! 今日も戦うぞ!」
「戦え! 真子!」
「やだな−、まゆみ。ゲーセンで対戦ゲームをするみたいじゃない」
「やっぱり、そう思った?」
2人で顔を見合わせて、キャハハハハ〜と笑った。  (了)

 

 



 

 

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